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中世の町 > シャトー・ランドン:ガティネの歴史的中心地
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かつてのガティネ伯爵の中心都市、シャトー・ランドンは、フルク4世 ル・レサンにより、1068年にフランス国王に与えられた。ここは、王の滞在地となり、ルイ6世、ルイ7世、フィリップ・オーギュストは定期的にそこを訪れた。
しかし、6世紀以降、この都市は、宗教の地そして巡礼の地という、高尚な場所としてたたえられるようになった。

というのは、クローヴィス(キリスト教の最初のフランス王)を奇跡的に治したと伝説上言われているセヴランという名の修道士が、キリスト紀元511年頃にシャトー・ランドンに来て死んだためである。この聖なる人の誉れを敬うために、クローヴィスの息子、シルドベールは、545年頃、数世紀後に王の大修道院サン・セヴランとなる、最初の大聖堂を建てた。
聖人の聖遺物を崇めるために、多くの信徒がここを訪れた。フランス王家だけでなく教皇からも寄付を受けたこの権力ある大修道院のおかげで、シャトー・ランドンは、とても重要な宗教の中心地となった。中世において、この都市は、4つの修道院と修道分院を含む17の宗教的建造物を擁していたほどである!
シャトー・ランドン:ガティネの歴史的中心地

プランタジュネ家の発祥地

フルク4世伯の息子である、ル・レシン、フルク5世、ランドン城伯は、十字軍の結果、エルサレムのキリスト教王国の最初の王となった。彼の息子ジョフロワは、イギリスのマチルドと結婚し、イギリスに1154年から1485年まで君臨した有名な王家、プランタジュネ家の筆頭となった。家系の名声となる「プランタジュネ」の名の起源となる、帽子にエニシダ(フランス語で「ジュネ」)の枝を差し込んだのは、このジョフロワである。

「ひだを寄せる」街

1381年に遡る王家の憲章において、シャトー・ランドンは、王国の17つの「ひだを寄せる」街の1つに数えられた。今日、小さな川フュザンに沿ってある多くの風車小屋に、その名残を見ることができる。かつて、17の風車は、羊毛を縒っていた。街はとりわけ、フュザン川に沿って続く緑と憩いの空間「タバドリー」の公園の名を取って、土産品となった、ぶ厚い羊毛のマント「タバール」を生産していた。

恩恵を受けた街

シャトー・ランドンは、格別の地形の恩恵に浴している。この中世の町は、ガティネの「ロカマドゥール」という異名を持つ岩の岬の上に誇らしげにそびえ立っている。この狭い岬のふもとに、のどかなフュゼン川が流れており、ロワンの支流が、緑に覆われとてもよく保たれた谷を形作っている。街の建造物と石組みは、この地方特有の石の質の良さと美しさとを示している。シャトー・ランドンのこの白い石は、とても有名で、その鉱脈はスッペの街まで延びており、例えばサクレ・クール寺院のような、パリのいくつかの大建造物の建築にも使われている。

中世の街を楽しむ10のコース:

1) マドレーヌ塔
これは、中世の市場町を取り囲む城壁を補強していた塔のうちの1つである。城壁を背にして、塔は高さ9mあり、その壁は非常に印象的である。塔の土台の部分は、壁の厚さが3mもある。

Château-Landon : capitale historique du Gâtinais
シャトー・ランドン:ガティネの歴史的中心地

2)ノートルダム教会
カロリング朝、ロマネスク様式、ゴシック様式が混ざり合った、見事な中世の建築の傑作である。街の繁栄と誇りを表しているシャトー・ランドンの鐘楼は、イタリア・トスカーナ地方の鐘楼の外観を持つ、フランスの風景の中で唯一のものである。とても高く小窓のついたこの鐘楼は、真の建築的偉業と言えるだろう!

3)市立病院
この建造物は、ガイドツアーでのみ、内部を見学することができる。ホスピスは1178年に、貧しい人達の避難所兼巡礼者のための休憩の場として、建設された。メインの部屋は、四角の太い柱の上に置かれた3つの半円筒ボールトによりアーチ形になっている。全体は素朴な造りであるが、とてもよく調和がとれている。

4)両替所
かつての卸売市場近くにあるこの市民の建造物は、昔、両替所であり、中世の街のユダヤ人地区にある。

5)サン・アンドレ塔
12世紀半ばに遡る、この威厳あるクリュニーの大修道院の遺跡は、この街で下も美しい建築物の1つである。かつての教会の平らな壁は、弓形になった3つの窓とともに、今なお残っている。

6)大共同洗濯場
美しい川の上に「身を乗り出した」この見事な建築物は、かつての日常生活を物語っている。洗濯女達の光景、彼女達のおしゃべり、洗濯べらの音・・・。今日、フュザン川のほとりを散策する際、この田舎の石組みの建築美を、見ることができる。

7)ボーポワーヴルの風車小屋と共同洗濯場
シャトー・ランドンの小道に沿って歩いて行くと、17の風車小屋を見ることができる。そのうち13は、部分的に修復されたものである。かつてサン・セヴラン大修道院に帰属していた風車小屋は、1696年、国会の弁護士、クロード・プチ・ド・ボーポワーヴルに与えられた。この風車小屋は、第2次世界大戦後、その活動を停止した。大きな車輪は1990年に修復された。

8)旧サン・セヴラン王立大修道院
セーヌ・エ・マルヌ県議会の援助により完璧に修復された後、今日、老人養護施設となっている、この12世紀の見事な建築物は、その建築から、モン・サン・ミッシェルの「驚異」を思い起こさせる。強力な控え壁に支えられ、岩を背にし、すらりとした小塔を伴った、飾り気がなく端正な建築、旧サン・セヴラン大修道院は、シャトー・ランドンの風景を特徴づけている。旧礼拝堂には、中世のフレスコ画が展示されており、これは、1928年のカロリング朝の地下納骨堂の取り片づけの際に発見されたものである。

9)南の隠し門とサン・チュガル塔
隠し門は、南の城壁にある開かれた抜け道であり、フュゼンの谷の方向へ至る。階段が入り口となり、旧サン・チュガル大聖堂の西側の外面に沿って伸びている。この宗教的建造物には、もはや一部が欠けた鐘楼しか残っていない。この塔には、かつて、ブルターニュのトレギエ修道院の創立者である聖チュガルの聖遺物が収められていた。

10)北の隠し門
北の城壁にあるこの開かれた抜け道は、「乾いた谷」への入り口となっている。今日なお残っている、石の下り坂は、中世時代の路地がどのようなものでありえたかを、示している。

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