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この地の巡礼では、3世紀にここで生まれた聖マチュランの名声を賛美する。彼は異教徒の家庭に生まれたが、キリスト教徒に改宗し、その後両親を教授して、神聖の名声を得た。
ある時、ローマ皇帝の娘テオドラが悪魔に取り付かれ、その悪魔が聖マチュランが仲裁に入らない限りその場を離れないと言う
皇帝に命じられた彼は皇帝の娘を助けたが、ローマで死んでしまう。彼の遺体はローマから運ばれ、ラルションの教会に安置された。こうして彼は偉大な崇拝の対象となった。狂人の治癒であっても聖マチュランに祈って助けを求め、かの地の巡礼は特にコンポステールのサン・ジャックの道中、中世におけるフランスで最も有名なものの一つであった。フランスの6人の王も巡礼にラルションを訪れた:チャールズ4世、ルイ11世、チャールズ8世、フランソワ1世は2回の訪問、ヘンリー2世、ヘンリー3世。現在も巡礼は毎年実施されており、復活祭(聖霊降臨の主日)の月曜日に行われている。

ラルション教会の歴史
ラルション教会の歴史

現在の教会は12世紀から16世紀まで掛かって建設されたものある。これは、一度完成したものの、直後に異例の大災害に連続して見舞われ、崩壊してしまったことによる。また1490年には雷により、1568年には宗教戦争の間にと2回の災害を被った。その後も略奪による被害や暴風といった不幸な出来事が後を絶たず、1675年の9月25日には塔が倒壊してしまう。生き生きと描写された正門は最後の審判を表しており、13世紀に制作されたもので、破壊された身廊へとつながっている。教会内部へは翼廊の南側正門から入れる。内陣、後陣、聖母マリアのチャペルにおいてのみ丸天井が保存されている。

2段になった窓は後陣に均斉の取れた美しさを与え、壁から少し離れた細い柱がさらにそれを際立たせている。46枚の窓から光が差し込む時、教会内部は見事な明るさとなる。

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